私たち「おっぱ乳業」はやんばる地方と呼ばれる沖縄本島北部の今帰仁村(なきじんそん)にあり、地元の牧場で搾った生乳をたっぷり使ったおいしい乳製品を皆さまにお届けしています。

「おっぱ乳業」は牛乳以外のヨーグルトやソフトクリーム、じぇらーとにいたるまでどれもコクのある本当の牛乳の味がすると好評いただいております。おっぱはどうしてこんなに生乳にこだわりがあるのか、そのあゆみをお話しましょう。


牛を育てる酪農家として沖縄へ

おっぱ乳業の創業者で社長の松 清嗣(まつ きよし)はもともと沖縄の生まれではありません。
栃木で酪農を営んでいた実家を継ぎ、22歳のときに酪農家としてのスタートを切りました。しかし、その当時の栃木県では牛乳が生産過剰の状態で、価格維持のための「乳量調整」により、せっかく搾った生乳も処分しなくてはならなくなったのです。

酪農家として牛を育て、もっとたくさん牛乳を搾りたい、そんな思いを持っていたところ、妻の出身地である沖縄では牛乳がまだ不足しているという話を聞きました。
それなら牛ごと引っ越して沖縄でのびのびと酪農をしようと決断、1980年27歳のときに沖縄を訪れ、土地探しからはじめました。

そして、82年、自然豊かな緑に囲まれた今帰仁村・乙羽岳(おっぱだけ)のふもとの1万坪の土地を牧場とし、栃木から連れてきた8頭の牛とともに沖縄での酪農業をスタートさせました。


牛乳を作る側への転換

当初はすべての生乳を組合に卸すことができ、順調だった沖縄での酪農でしたが、91年ごろから沖縄でも乳量調整が始まってしまいました。
牛は生き物ですから工場のように生産調整をするということはそう簡単にできません。乳を搾らなければ乳腺炎などの病気になってしまいます。せっかく搾った生乳を処分せずに何とか利用できないかと考え、自ら牛乳製造をすることを考えました。

折りよく乳処理の設備を譲ってもらうことができたため、酪農と乳処理の二本立てで事業をはじめました。しかし、当時の業界事情により、どちらかを選択しなければならなくなり決断を迫られたのです。

先進的な酪農を夢見て、牧場への設備投資もずいぶん行ってきましたから、酪農をやめればそれがすべて無駄になります。しかし自分のやり方次第で結果が出せるという思いから、牛乳製造・販売の道を選びました。


おっぱ乳業の誕生
こうしておっぱ乳業が誕生し、94年6月には操業を開始しました。
「おっぱ」の名前の由来は牧場のある「乙羽(おっぱ)岳」にちなみました。
それから12年、お母さんのお乳を連想するネーミングと牛さんのキャラクターでやんばる地方を中心に皆さまに親しんでいただいています。

もと酪農家ならではの知識と経験を生かした製品づくりとその後のあゆみは「おっぱのあゆみ〜その2」に続きます。

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